しがないレズビアンたちの出会い方とは
芸術的センスに富んでいる人は意外と性的な思考も変わっていたりすることが多い。その上を行く“オールマイティ”なセンスをもっている人には意外とセクシャルマイノリティが多いのです。何か感情をぶつけたりすること、何かに表現することで、それまでに思い悩んできた苦悩を必死になって一人で抱え込んできた分、その反動は素晴らしく芸術に反映されるのです。
とあるレズビアンが監督した映画を観ました。レズビアンには、二種類いる。まずは、女性らしい女性で、誰が見ても柔らかいイメージを持ったレズビアン。そして、男性らしいレズビアン。性格も言葉づかいもしぐさもすべてにおいてその辺の男性よりも男性らしいレズビアンです。この映画の監督は前者に値するレズビアンでした。彼女が思い描いていることは非常に分かりやすく、レズビアンでなくてもわかるような、何か訴えかけられているような内容になっているのです。中でも特にビアン的な要素を感じ取ることができたのは、色使いです。女性といえばその小著する色はピンクをはじめとする淡い色をよく使われていますが、彼女の中のこれまでの苦悩が破裂したようなとてもビビッドな色で描かれていることになっているのは、もっと心の内をみんなに知ってほしい、セクシャルマイノリティという専門的な用語を知らなくてもいい、ただただわたしたちの存在を受け入れてほしいという気持ちが強くぶつけられているものでした。
レズビアンといえば、たくさんの苦悩よりもやはり仲間意識を強く持った存在をより意識するということにあるのでは?ゲイとレズビアンとで大きく違うのは、精神的な面でもやはり女性のほうが弱くて男性はおおっぴろげた発言が多いのではないでしょうか?彼女たちの苦悩と聞けばこれからどんなことがあっても、やはり周りの人間が支えなければならないのです。
女性として接触することと、男性として背っしょいうすることに大きな違いはありません。なぜなら、いろんな人間との出会いを始め、そこから恋愛対象として値している人物を探し出し、たわいもない会話を繰り返して少しずつ恋心が芽生えてくるという人の心の動きは決して異性愛者とは変わりません。レズビアンたちは毎日のようにネット上に足を運びます。そうでもしなければ出会いを探しだすことができないのは、レズビアンもゲイも、はたまた異性愛者も同じ立場ですね。
もしかしたらこれからレズになる女性がいるかも知れませんし、また、徐々に女性に心を許すような気持が芽生えてくることがあるかもしれません。そんな時には一度、初めに紹介したようなちょっと踏み込んだような映画を手に取ってみてください。もちろん物語だけでも面白いですし、これからの人生に大事なことが分かるかもしれません。